大学球界で活躍する二刀流たち
大谷の活躍でプロ野球界ではもはや一般用語になりつつある「二刀流」。
分業化が進んできて少なくなってきたとはいえ、高校野球ではエースで主軸を打ち、マウンドに上がらなければ他の守備位置につき野手として活躍する二刀流はまだまだ多い。
しかし大学球界ともなると、その二刀流であった高校球児も投手か野手かどちらかに絞った選手になることが多く、大学でも二刀流というのは大学トップレベルの選手ではほとんどいない。そんな中でも今日は大学球界で二刀流として活躍する選手たちを紹介したいと思う。
榎本和輝(大商大3年)
京都翔英入学当時から投打で注目されていた榎本は1年夏から5番ファースト兼Max138㌔のリリーフ投手であった。その後は右肩痛もあり一時投手は控えることになるが、最高学年となった2年秋には4番ピッチャーで復活を遂げると神戸国際大付・履正社相手に完投勝利をあげる活躍でチームをセンバツ出場に導いた。
大商大でも1年春から4番or5番DHと野手としてレギュラーを獲得しつつ、マウンドに上がって5イニングを投げた。1年秋にはDHとしてベストナイン・平古場賞(新人賞)を獲得する。しかし2年春に成績を落とすと、2年秋にはレギュラー落ちする。2年までは野手がメインで、時々マウンドにも上がるという状態であったが、3年になると投手がメイン。3年春には主にリリーフとして6試合に登板する一方、打席には立たなかった。3年秋も同様にリリーフとして登板していたために、もう投手一本に転向かと思いきや、終盤戦では代打としても出場を果たした。大学ラストイヤーとなる今年はどっちでどのくらいの比率で出場するのか楽しみである。
大学球界において、打ってはDHでベストナイン、投げてはリリーフ投手としてリーグ制覇に貢献と二刀流で1番結果を出している選手といえる。

気迫あふれる投球を見せる榎本
田村孝之介(日大1年)
日大三に入学した田村はセカンドやライトとして2年夏まで野手のみで活躍。しかし主将に就任した2年秋に、チームの投手陣に故障者が相次いだこともあり、急遽投手に挑戦。すると粗さはあったののMax146㌔を誇る本格派右腕になり、秋の背番号1を獲得した。3年春も背番号1であるが、野手として先発して終盤リリーフという使い方になる。ただ球速は相変わらず140オーバーであったものの、打ち込まれるシーンも多くなった。すると小倉監督は田村の投手封印を口にし、3年夏も背番号1を背負ったものの3番ライトで登板なく、清宮率いる早実に敗れて準決勝敗退してしまった。
進学した田村は選手層の厚い日大において1年春の開幕戦から4番を務めた。この時点では田村は大学では野手としてやっていくものと誰もが思った。しかし結果を出せずにいると、中盤戦からはスタメンから名前が消え、代打での出場なども徐々に少なくなった。すると驚くことに1年春の最終戦で投手とし登板した。そのまま1年秋はリリーフ投手として日大のリーグ制覇にも貢献した。
田村に関しては足もあるので個人的には野手かなと思うが、まだまだ投手としての経験が浅いために投手Tとしての大きな伸びしろも感じずにはいられない。

1年春から日大の4番を務めた田村
岸潤一郎(拓殖大2年)
近年の高校野球界で二刀流の代表格といってもいいのがこの岸。1年春から明徳義塾のライト兼投手となると、4度も甲子園に出場し、すべてで4番投手を経験している。2年夏には山岡(オリックスD1)との投げ合いを制して1失点の完投勝利、続いて森(西武)率いる大阪桐蔭にも1失点完投勝利で前年の藤浪世代に敗れたリベンジを果たす。3年春には初戦で智弁和歌山相手に15回を投げぬいて勝利すると、準々決勝では田嶋(JR東日本)と11回の投げ合いを演じるも敗れる。3年夏には初戦で岡本(巨人)率いる智弁学園を撃破するも、2回戦では優勝した大阪桐蔭に再リベンジをくらってしまった。その後はU18日本代表に選ばれるとここでも6番レフト兼リリーフ投手として二刀流で活躍するなど、高校自体には大物を数々倒した実績十分の選手である。
拓大へ進学すると当初から二刀流挑戦を掲げ、1年春から3番DHでレギュラーとなる一方、3試合にもリリーフ登板した。特に亜細亜大戦では3番DHでスタメン出場し、6回からはDHを解除してマウンドにあがるというまさに二刀流をやってのけている。しかし1年秋以降はケガの影響か出番がなく、拓大の1部復帰に向けてはぜひとも復活してほしい選手として期待されている。
以上です。
岸以外の2人は二刀流というよりも、異なる刀2本を起用に使い分けているという感じもしますが…。
この3人の投打にわたる活躍に今年も期待したいです。
分業化が進んできて少なくなってきたとはいえ、高校野球ではエースで主軸を打ち、マウンドに上がらなければ他の守備位置につき野手として活躍する二刀流はまだまだ多い。
しかし大学球界ともなると、その二刀流であった高校球児も投手か野手かどちらかに絞った選手になることが多く、大学でも二刀流というのは大学トップレベルの選手ではほとんどいない。そんな中でも今日は大学球界で二刀流として活躍する選手たちを紹介したいと思う。
榎本和輝(大商大3年)
京都翔英入学当時から投打で注目されていた榎本は1年夏から5番ファースト兼Max138㌔のリリーフ投手であった。その後は右肩痛もあり一時投手は控えることになるが、最高学年となった2年秋には4番ピッチャーで復活を遂げると神戸国際大付・履正社相手に完投勝利をあげる活躍でチームをセンバツ出場に導いた。
大商大でも1年春から4番or5番DHと野手としてレギュラーを獲得しつつ、マウンドに上がって5イニングを投げた。1年秋にはDHとしてベストナイン・平古場賞(新人賞)を獲得する。しかし2年春に成績を落とすと、2年秋にはレギュラー落ちする。2年までは野手がメインで、時々マウンドにも上がるという状態であったが、3年になると投手がメイン。3年春には主にリリーフとして6試合に登板する一方、打席には立たなかった。3年秋も同様にリリーフとして登板していたために、もう投手一本に転向かと思いきや、終盤戦では代打としても出場を果たした。大学ラストイヤーとなる今年はどっちでどのくらいの比率で出場するのか楽しみである。
大学球界において、打ってはDHでベストナイン、投げてはリリーフ投手としてリーグ制覇に貢献と二刀流で1番結果を出している選手といえる。

気迫あふれる投球を見せる榎本
田村孝之介(日大1年)
日大三に入学した田村はセカンドやライトとして2年夏まで野手のみで活躍。しかし主将に就任した2年秋に、チームの投手陣に故障者が相次いだこともあり、急遽投手に挑戦。すると粗さはあったののMax146㌔を誇る本格派右腕になり、秋の背番号1を獲得した。3年春も背番号1であるが、野手として先発して終盤リリーフという使い方になる。ただ球速は相変わらず140オーバーであったものの、打ち込まれるシーンも多くなった。すると小倉監督は田村の投手封印を口にし、3年夏も背番号1を背負ったものの3番ライトで登板なく、清宮率いる早実に敗れて準決勝敗退してしまった。
進学した田村は選手層の厚い日大において1年春の開幕戦から4番を務めた。この時点では田村は大学では野手としてやっていくものと誰もが思った。しかし結果を出せずにいると、中盤戦からはスタメンから名前が消え、代打での出場なども徐々に少なくなった。すると驚くことに1年春の最終戦で投手とし登板した。そのまま1年秋はリリーフ投手として日大のリーグ制覇にも貢献した。
田村に関しては足もあるので個人的には野手かなと思うが、まだまだ投手としての経験が浅いために投手Tとしての大きな伸びしろも感じずにはいられない。

1年春から日大の4番を務めた田村
岸潤一郎(拓殖大2年)
近年の高校野球界で二刀流の代表格といってもいいのがこの岸。1年春から明徳義塾のライト兼投手となると、4度も甲子園に出場し、すべてで4番投手を経験している。2年夏には山岡(オリックスD1)との投げ合いを制して1失点の完投勝利、続いて森(西武)率いる大阪桐蔭にも1失点完投勝利で前年の藤浪世代に敗れたリベンジを果たす。3年春には初戦で智弁和歌山相手に15回を投げぬいて勝利すると、準々決勝では田嶋(JR東日本)と11回の投げ合いを演じるも敗れる。3年夏には初戦で岡本(巨人)率いる智弁学園を撃破するも、2回戦では優勝した大阪桐蔭に再リベンジをくらってしまった。その後はU18日本代表に選ばれるとここでも6番レフト兼リリーフ投手として二刀流で活躍するなど、高校自体には大物を数々倒した実績十分の選手である。
拓大へ進学すると当初から二刀流挑戦を掲げ、1年春から3番DHでレギュラーとなる一方、3試合にもリリーフ登板した。特に亜細亜大戦では3番DHでスタメン出場し、6回からはDHを解除してマウンドにあがるというまさに二刀流をやってのけている。しかし1年秋以降はケガの影響か出番がなく、拓大の1部復帰に向けてはぜひとも復活してほしい選手として期待されている。
以上です。
岸以外の2人は二刀流というよりも、異なる刀2本を起用に使い分けているという感じもしますが…。
この3人の投打にわたる活躍に今年も期待したいです。
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